2008年07月19日

『河岸忘日抄』堀江敏幸

♪♪
不安と恐れが綯い交ぜに干満を繰り返すひととき
繊細な愛撫へ繋がるであろう一瞬に期待が高まる

孤独に身を委ねるのは触れ合う実在の証明

しばたく眼に取り戻した我には彼の欠片もなく
残煙の向こうに僅かばかりの今が顔を覗かせる

世界を内包するため知るべきは自らの内界

永遠をも感じる
珈琲を嗜む猫舌のワタクシ (* ̄m ̄)


命の恩人として、その船に居を定める以外の選択肢はなかったように思う。どちらにしろ住処を探してはいたのだ、彼は。
好きにするが良いと言われている部屋としての船は、音楽室と図書館が併設されていた。以前、一度だけ訪れたときと変わりないように思う。
電話とファクシミリと、他には郵便のみ。ここにいると外界との接触がそれだけになる。といって不便は感じない。自ら望んだことでもあるからだ。

郵便配達員はこの前までここで生活をしていた女性宛の郵便物を届け、そして置いて行った。

「待つ」ということを積極的に選択した彼に、内爆はいつ訪れるのか。

河岸忘日抄
河岸忘日抄 モバイルの方はコチラ


「海にむかう水が目のまえを流れていさえすれば、どんな国のどんな街であろうと、自分のいる場所は河岸と呼ばれていいはずだ、と彼は思っていた。」(本文、冒頭より抜粋)

あぁ、またしてもどこでもない。
河岸ではあるけれども、それは河岸だというだけのことだ。
これでワタクシは、317頁もの間、たゆたうことができる。
誰にも悟られず堂々、河岸忘日の日々を送ることができる。
ワタクシは嬉々として先を急ぐ。 (*´∇`*)

堀江さんの文章は♪♪♪にはならないような気がする。
けれども気分が♪♪だからといって
そこには何の否定的感情があるでもなく、
肯定に満たされている。
♪♪♪にならないことが最上の結果であって
それを期待して手に取る読者がいてもいいんじゃないか、
と思える本も中には存在するのではないだろうか。

河岸での忘日を脳内で過ごしたワタクシは
河岸でないあちこちに忘日が見え隠れすることを再確認する。

読んでいる途中で小さな小さな内爆が起こり
髪を切ろうと思い立った。
さっぱりとした頭で読み始めた物語の続きは
新たな面を覗かせているような気がした。

ジャンベという太鼓を叩く男に成り代わり
船の右舷を遠目に眺めることさえできる気がした。

この本を読んだ人も読んでない人も理解できない内容の文章を書いてしまいましたが、気持ちの良い読書だったのは確かです。いぇい。( ̄▽ ̄)ノ

堀江敏幸作品、記事はこちら。
#『熊の敷石』
#『郊外へ』
#『ゼラニウム』




タグ:♪♪
posted by MOW at 20:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書
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