2007年06月26日

『迷子の自由』星野博美

♪♪
記憶にある限りでは 一度だけ、
迷子になったことがある。
┐(  ̄ー ̄)┌ ヤッパリネ…。

まだひとりで電車に乗ったことがなかった頃、
自宅から2つ目の駅ではぐれてしまった。

引率の大人♀1人に連れられて、
5、6人くらいの子供と英語劇を観に行った後だった。

駅の切符売り場のあたりで
みんながいないことに気付いたワタクシは思った。
「ひとりで電車に乗ってみよう。」と。

そして実際に、家へ帰って来てしまった。

その後、しばらくしてから自宅の電話が鳴って、
引率していた女性から「迷子のお知らせ」がきた。

その時の母は、「あらあら、帰ってますよー。」
みたいな応対をしていたように思う。
怒ったり、逆に恐縮したりしていた記憶はない。

迷惑をかけた張本人のワタクシも
「あれ、心配かけちゃいました?えへへ。」
くらいの反応だったような…。
( ̄ー ̄; アホ?

まったく、親子そろってのんきなものだ。

相手にどれだけ心配をかけたか考えると、
今からもう一度謝りに行ってもイイとさえ思う。
何人もの子供を預かっている状態で
迷子を捜させてしまって申し訳なかったと思う。
突如「MOW捜索隊隊員」にさせられてしまった、
他の子供たちも歩かされて疲れただろうに…。

名前も顔も覚えてないけど、
あの時の人たち、ごめんね。<(_ _)>

などと言いつつ考える。
今の時代だったら、どーなんだろう、と。

すごい騒ぎになっちゃいそうでコワイ…。

あー、のんきな時代だったんだなぁ。


ワタクシが本当の迷子だったのは
知った顔がいなくなったと気付いたその時点から、
それなら自分だけで帰る と決めるまでの短い間、
ほんの数分だったように感じる。

なにかを探している。どこかへ向かっている。
そんな時は、たとえ道に迷っていたとしても、
迷子という存在ではないんじゃないかなぁ。

どこにいるか分からない。どうするべきか分からない。
そういう時が、立派な迷子なんじゃないだろうか。

このエッセイ集は実際の道には迷わないけれど、
東京の武蔵野、インド、中国の重慶を
写真を撮影しながら歩き回った星野さんと一緒に
彷徨うことができる本だった。

どこかに行きたくて どこかで存在したいのに、
辿り着くことが出来ずにいるような感覚。





posted by MOW at 06:44 | Comment(2) | TrackBack(1) | 読書
この記事へのコメント
>どこかに行きたくて どこかで存在したいのに、
辿り着くことが出来ずにいるような感覚。

↑このコトバに、MOWさんの気持ちが凝縮されていますね

あたし、今でも方向音痴なので、
道がわからなくなってすっごいアセります(笑)
そして、人生においても迷子かなぁ。。
Posted by 愛 at 2007年06月26日 18:32
愛さん、こんばんはーっ。
そうなんです。凝縮させてみました。(*^^*)
星野さんのこの本は、道路には迷わないんですけど
自分の存在がタユタユ漂ってしまう気分になります。

愛さんは迷子のWパンチなんですか?!
ワタクシも人生は迷子です…はぅー。(T▽T)

Posted by MOW at 2007年06月27日 21:08
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迷子の自由
Excerpt: 迷子の自由 星野 博美 / / 朝日新聞社出版局 ISBN : 4022502533 ひとり暮らしには迷子の自由がある、と星野さんは言う。 だけど、やっぱりひとり暮らしは..
Weblog: journey
Tracked: 2008-07-02 23:32
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