2007年08月02日

『カンバセイション・ピース』保坂和志

♪♪
子供の頃、成長したら「大人」になると思っていた。
「大人」という存在があるんだと思っていた。

今のワタクシは、成長して大人になったけれど、
昔思い描いていた「大人」っていう生き物とは違うなぁ。

産まれてからこれまでの自分が、
見たり 聞いたり やったり 考えたりしたことの、
その上にフラフラと漂ってるだけのような気がする。

その、経験の中にはたぶん、
壁に出来てしまってそのままになっているシミだとか
裏の家の女の子が練習しているピアノ曲のメロディも
ただ、そこに、あったりするのだ。
( ̄+ー ̄) ナルホドネ…?


 内田高志さんは小説家として10年間生活している。
 今は書くことを休んでいるけれど。

 だいたい以前書けたからといって、
 今も未来もいつでも書けるってワケでもないし。

 最近越してきた築50年の世田谷の一軒家は、
 昔、高志さんも住んでいたことがある。

 あの頃は9人がひしめき合っていたが、今は6人。
 それと猫のジョジョ、ポッコ、ミケが三匹。

 今日もいろいろ考える。
 今のこと、昔のこと、それらのつながりのこと…。

カンバセイション・ピース (新潮文庫)
カンバセイション・ピース (新潮文庫)
モバイルの方はコチラ


もしかしたら…
パッと開いたところから50ページくらい読めば、
保坂さんの描いた世界は見えるかもしれません。
そう考えて、そう発言する人が、そこにいるんだ、
ということが。

そして…
この小説についてワタクシがこんな風に書くことが、
間違っているのかもしれません。
小説があって、その世界があって、本があるんだ、
という事なのだと思います。

そう考えると、素晴らしい。
ワクワクやドキドキではないけれど、
時々読み続けるのがつらくなるけれど、
小説の中で登場人物と登場猫は確かに、そこに、いた。

大人だけれど「大人」じゃない
普通の人たちが、それぞれに、ありつづけました。

主人公の小説家内田さんは、こう言います。
「おれにもし莫大な財産があって、収入なんか一銭もなくていいって言うんだったら、書き上げることなんか考えずに、書いている時間そのものだけになるような、いつまでもいつまでも書きつづけている小説を書くだろう。そうなったら職業じゃなくて趣味で、まあ、それが究極の趣味のあり方かもしれないな。(本文より)」

保坂さんのこの作品は、職業小説?究極の趣味小説?
個人的には究極の趣味小説であってほしいけれど、
やっぱり職業小説の方なのかなぁ…。( ̄∀ ̄*)ムフー。





タグ: ♪♪
posted by MOW at 18:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
TOP▲

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。