2007年09月29日

『死顔』吉村昭

♪♪
死顔…
ワタクシが見た死顔は穏やかだった。
時が止まってしまっている顔たちは
静かに微かな笑みを浮かべていた…。

突然ではなく、病床で亡くなる人々は、
最期の最期、覚悟を決めて
自分という存在の終焉を迎えるのかな。

葬儀で故人をお見送りするとき、
その静謐な微笑みから
そんな疑問を抱くワタクシがいつもいる。

この本↓を読んだら、答えが書いてあった。


死後硬直が解けて筋肉が弛むと、
あの、なんともいえない表情になるらしい。


「ひとすじの煙」
 あの温泉宿が映っているTVに釘付けだ。
 私は昔、術後の湯治にひと夏滞在していた。
 記憶が鮮明に浮かび上がってくる。

「二人」
 次兄の最期が近づいているらしい。
 なぜなら彼は、自分の息子に秘事を明かした。
 隠し子の存在を、明らかにした。

「山茶花」
 仕事を息子に譲り、保護司の努めが残っている。
 初めて受け入れた殺人者の老婆。
 人を殺した経験と残留する記憶…。

「クレイスロック号遭難」
 安政条約の不利に嘆いていた明治の頃。
 ロシアの運送船クレイスロック号が消息を絶った。
 日本政府は考える。

「死顔」
 私は弟の最期を看取った。
 弟には子たちがいなかったからだ。
 次兄の場合は状況が違う。彼には家族がいる。

死顔
死顔
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死顔が筋肉の弛みによるものならば
あのような達観した表情は
なぜ死んでしまってからしか出来ないのか。

日々を生き抜いている人々の中に
同じような顔を見つけることは難しい。

この『死顔』という作品を遺した吉村さん
もう少し読んでみたくなりました。





posted by MOW at 18:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書
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